第 131 話宗教柱に刻まれていく、六十日ごとの一筋
〜眠れば身の内の虫が天へ告げ口をするという、その一夜を、村の衆はなぜ笑いさざめいて待ったのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
「甚三。番が寝とる」
膝を叩かれて、おれは目を開けた。叩いたのは重蔵どのの末の娘、さきだった。八つになる。
土間には十一人が火を囲んでいた。そのうち起きているのは、数えると、さきとおれの二人だった。
「足を、土につけとき。冷たいで眠れん」
さきは自分の裸足を、筵の外の土の上に載せてみせた。おれも筵から足を下ろした。凍てた土が足の裏に刺さって、瞼が上がる。どの世の土間でも、足の裏はそれを覚えていた。
◇ ◇ ◇
明応五年(一四九六年)の冬、近江の、湖の北に寄った在所は、その年、不作だった。秋の長雨で稲が倒れ、刈った束は手に持てば軽い。おれは隣の重蔵どのから種籾を一袋借りて、冬を越すつもりでいた。
冷えこみのきつい晩、その重蔵どのが戸を叩いた。乾いた板戸を、こつこつと、遠慮がちに叩く音だった。
「今宵は庚申じゃ。うちへ来い。人手が足りん」
戸の隙間から、白い息がひとすじ流れこむ。人手とは、と聞き返すと、起こし番じゃ、と言う。
「年寄りは酒で寝る。若い衆は話に飽きて寝る。寝た者をつついて起こす役がいる。おぬしは独り身で、あすの畑も休みじゃろ」
借りのある相手だ。断れるはずもなかった。おれは麻の袷を二枚重ね、戸口に吊るした種籾の袋を出しなにもう一度持ち上げて、重さを確かめてから外へ出た。
月のない晩で、足もとの霜が踏むたびにじゃりと鳴った。凍てた畦道を、重蔵どのの提げる小さな灯りを頼りに歩く。あちこちの家の戸の隙間から、ほの赤い火の色が漏れていた。湖をわたってくる風が畦の上を低く這って、袷の裾から入る。重蔵どのは灯りを風下にかばいながら歩き、さきが今夜じゃと言うでな、と、おれには分からぬことを言った。
戸を開けたとたん、火の温みと炊いた粥の匂いとが、どっと顔に押し寄せてくる。重蔵どのの土間には、年寄りが四人、若い衆が三人、女衆が二人、それにさき。中ほどに炉が切ってあり、薪がよく熾って、赤い火が皆の頬を下から照らしていた。女衆が稗の粥を炊き、炉の灰に里芋を埋めて焼く。皮の焦げる匂いが、ゆっくりと土間に満ちていった。誰かの椀に濁り酒が注がれ、いちばんの年寄りが、これで目が冴える、と言って一息に飲んだ。

年寄りは、若い時分の昔語りをはじめた。誰それの祖父がどんな剛の者であったか、どの年の水がどこまで出たか。語るほどに声が張り、皺の寄った手が宙にその昔の田畑を描いてみせる。若い衆は、今年はどの淵に魚が寄った、あの網はどう繕う、と身ぶりを交えて言い合い、女衆が塩の効いた菜を回した。
年寄りが、さきを膝の前に呼んで、虫の話をはじめた。腹の内には生まれついて虫が三匹おる。庚申の晩に眠ると、そいつが身を抜けて天へのぼり、この六十日のあやまちを天の帝へこまごまと言いつける。告げられた咎の数だけ寿命が削られる。だから今宵は寝ぬ。さきは、知っとる、と言って、年寄りの膝から離れ、柱の側へ戻った。
おれは筵の端に座って椀を膝に載せ、輪を見渡していた。戌の刻を過ぎたころ、いちばんの年寄りの首がひとつ前へ落ちた。おれが腰を浮かせるより先に、さきの手が伸びて、年寄りの膝を叩いていた。起こし番は、おれより先に一人いたことになる。
「今夜で、ことし六つめ」
さきが、炉の向こうから言った。年寄りが、そうじゃったか、と首をひねる。
「五つめは、稲を刈っとる最中じゃったろう。数えとらんわ」
「数えとる。柱に」
さきは立って、土間の柱を指した。炉の灯りで見ると、目の高さより下に、小刀で引いた細い筋がびっしりと並んでいた。前の庚申の翌る朝から、毎朝ひとつ。筋は五つごとに一本が長い。五つで一と数え、長いのが十二並んで六十じゃ、とさきは言った。六十で次の庚申になる、と父に言われて刻みはじめ、言った父のほうが忘れていた。暦は寺にあって、村の者は誰も見に行かぬ。この冬の庚申がいつかを、重蔵どのはさきに聞いたのだと、あとで白状した。
「明日じゃと思うとった」
年寄りのひとりがそう言い、皆が笑った。
夜が更けると、皆はいよいよ知恵をしぼった。手拍子で古い歌をうたい、謎かけを出しては、答えられぬ者を立たせて舞わせる。覚束ない足どりに土間が笑いに包まれた。誰かが手拍子を取り損ねて、それがまた笑いになった。不作の愚痴が出れば、年寄りがもっとひどい年の話を引き、来年の井手をどう浚うかの相談が、火を挟んで低い声で交わされた。
それでも夜半を過ぎるころ、いちばんの年寄りが最初に、顎を落として寝た。酒だ。おれは言われたとおり脇腹をつついた。目を開けて、寝とらん、と言い、また落ちた。次に若い衆が壁にもたれて寝た。つつく。起きる。落ちる。三度目からは、つついても返事がなかった。女衆は火の始末をしてから、さきの隣で横になった。重蔵どのは、番がおるで、と言い残して、誰よりも先に筵の上に伸びていた。

十一人のうち、起きているのは、さきとおれになった。炉の火が細り、土間の冷えが筵を通して上がってくる。おれは火に薪を足し、椀の底に残った粥を火の側へ寄せた。外で犬が一度吠えて、やんだ。火を見ていると、瞼が下りる。
おれの番はそのあとだった。膝を叩かれ、足を土に下ろし、足の裏の冷たさで起きた。さきは筵の外に足を出したまま、炉に細い薪を一本ずつくべていた。
「寝そうになったら、火を見んと、足を見る。前の庚申は、みんな寝たで。うちだけ起きとった。足が冷たかったで」
さきの言うとおりに、火でなく足を見た。足の裏は、土の冷たさを、痛みになりきらぬところで受けとめている。瞼はそのあいだ、落ちなかった。
東の戸の隙間が白むまで、さきとおれは、そうして足を土に置いていた。さきは眠気が来るたび、炉のへりに立てた小枝を一本ずつ折った。折った枝が、夜明けまでに七本。おれは五本。眠りかけた者を起こしに立ったのは、そのあいだに四度。四度とも、起こした相手はすぐにまた落ちた。土間の隅で女衆のひとりが寝返りを打って、火の側へ寄った。さきが、その足に筵の端をかけてやった。
戸が白むと、さきは柱へ行って、小刀で新しい筋を一本引いた。六十の隣に、一。次の庚申までの、最初の朝だ。
年寄りが起きて、寝とらんぞ、と誰にともなく言った。さきは柱を向いたまま、何も言わなかった。
重蔵どのが起き上がって、皆を見回した。
「誰も寝なんだな」
おれは答えなかった。さきが、番が起きとった、とだけ言った。重蔵どのは頷いて、ならば次の庚申もおぬしじゃ、甚三、と言った。断る筋は、その朝も思いつかなかった。
その冬から、おれは六十日ごとに、重蔵どのの土間で足の裏を土に付けた。起こし番は、二度目からはおれとさきの二人と決まった。さきの柱の筋は、おれがその在所を出るまでに、六十の束が二十四になった。さきは十二になって、筋を引く小刀がひと回り大きくなっていた。四年で、二十四度。
◇ ◇ ◇
いまも道端に、庚申待の石が立っている。膝を折って側面を読むと、年号が彫ってある。六十日に一度を三年、十八度つとめて一つ建てた、と聞く。
ボクはある日、ひとつの道でその石を七つ数えた。しゃがんだ膝が冷え、足の裏に、舗装の冷たさが上がってくる。十八度が七つ。百二十六の晩。
参考文献・もっと詳しく
※ 庚申待は、干支の庚申にあたる夜に眠らずに過ごす習俗で、人の身の内に棲む三尸の虫が、就寝中に抜け出して天帝へその人の罪過を告げ、寿命を減じるという道教由来の言い伝えにもとづくとされる。やがて村ごとに庚申講が結ばれ、青面金剛などを本尊に掲げて寄り合う、六十日に一度の社交の場として広まったと伝わる。三年十八度の庚申待を勤めあげた記念に塔を建てる習いも後代に広まったという。明応五年は一四九六年(明応は一四九二〜一五〇一年)。※本文の人物・会話・情景は創作。
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