眠ってはならぬ一夜を、村の衆が寄り集まって明かすようになった日のこと131宗教
宗教室町のころ・近江の在所読了 約8

眠ってはならぬ一夜を、村の衆が寄り集まって明かすようになった日のこと

眠れば身の内の虫が天へ告げ口をするという、その一夜を、村の衆はなぜ笑いさざめいて待ったのか

 庚申待こうしんまちというのは、眠ってはならぬ一夜を、人が寄り集まって明かす集いだ。

 もとは、いささか怖い言い伝えからはじまったものだった。人の身の内には、生まれついて三匹の虫が棲んでいる。庚申と名のつく夜、その虫が、人の眠るのを待って、するりと身を抜け出す。そうして天へのぼり、その人がこの六十日のあいだに犯したあやまちを、こまごまと天の帝へ告げ口する。告げられたとがの数だけ、その人の寿命は縮められる——そう信じられていた。だから人は、その夜だけは眠るまいとした。眠らねば虫は抜け出せぬ、告げ口もされぬ、というわけさ。

 ところが、ひとりで夜どおし起きているのは、つらい。眠気は容赦なく瞼を押し下げてくる。そこで人は、誰かを呼んだ。隣を呼び、向かいを呼び、火を囲んで、語り、食い、笑って、ともに夜を明かすようになった。

 ボクが見てきたのは、その「眠ってはならぬ」という怖い口実が、いつしか「皆で集う楽しみ」へと裏返っていく、その移り変わりだ。信心が、人を寄り合わせる縁に育っていった、そのあたりのことさ。

◇ ◇ ◇

 明応めいおう五年(一四九六年)の冬のことだ。おれは近江の、湖の北に寄った在所ざいしょで、田畑を耕して暮らしていた。湖をわたってくる風が骨まで染みる土地で、その時節は、雪のちらつく日もめずらしくなかった。

 その年は不作で、村は気の塞ぐことばかりだった。秋の長雨で稲は倒れ、刈り取った束も、手に持てば思いのほか軽い。冬を越す蓄えの心もとなさに、誰もが口数を減らしていた。冷えこみのきつい晩、隣の重蔵どのが、うちの戸を叩いた。乾いた板戸を、こつこつと、遠慮がちに叩く音だった。

 「今宵は庚申だ。おれの家へ来い。皆で起きておるぞ」

 戸の隙間から、白い息が、ひとすじ流れこんできた。おれは、正直なところ気が進まなかった。一日畑に出て腰は重く、夜はただ、早く床にもぐりこみたい。寒い晩に、わざわざ虫の告げ口を恐れて夜なべするなど、酔狂に思えたのさ。それでも重蔵どのが、火も焚いてある、もある、と言うので、しぶしぶ綿入わたいれを羽織って出かけた。表に出れば月のない晩で、足もとの霜が、踏むたびにじゃりと鳴った。凍てた畦道あぜみちを、重蔵どのの提げる小さな灯りだけを頼りに歩く。見れば、あちこちの家の戸の隙間からも、ほの赤い火の色が漏れていた。今宵はどの家でも、誰かしらが起きているのだ。そう思うと、ひとりで床にもぐるはずだった晩が、急に心安く感じられてきた。

 重蔵どのの土間には、すでに村の年寄りや若い衆が、七、八人も車座くるまざになっていた。戸を開けたとたん、火の温みと、炊いた粥の匂いとが、どっと顔に押し寄せてくる。中ほどに炉が切ってあり、薪がよくおこって、赤い火が皆の頬を下から照らしていた。隅には、青面金剛しょうめんこんごうとやらを描いた、すすけた一枚の掛け軸がかかっている。三匹の虫を踏みしだく、恐ろしげな面相の神さまだと、年寄りが教えてくれた。皆はその軸へ手を合わせてから、めいめい炉のまわりへ腰を落ちつけた。おれも見よう見まねで、かじかんだ手をこすり合わせ、軽く頭を下げた。

 「眠ったら、虫に告げ口されるぞ」

 誰かがそう言って、皆がどっと笑った。怖いはずの言い伝えが、その晩はなんとも可笑しい戯れごとになっていた。

◇ ◇ ◇

 夜が更けるにつれ、土間はかえって賑わってきた。

 年寄りは、若い時分の昔語りをはじめた。誰それの祖父がどんな剛の者であったか、どの年の水がどこまで出たか。語るほどに声が張り、皺の寄った手が、宙にその昔の田畑を描いてみせる。若い衆は、湖の漁の話や、隣村の娘の噂で笑いころげる。今年はどの淵に魚が寄った、あの網はどう繕う、と身ぶりを交えて言い合う声に、年寄りが昔の大漁の話をかぶせては、また笑いが起きた。女衆は、ひえの粥を炊き、塩の効いた菜を回し、炉の灰に芋を埋めて焼いた。芋の焦げるあまい匂いが、ゆっくりと土間に満ちていく。誰かの椀には、わずかばかりの濁り酒も注がれて、冷えた身を内から温めた。火の粉がぱちりと爆ぜるたび、誰かが眠りかけた者の脇腹をつついて起こす。

 「これ、寝るでない。虫が抜けるぞ」

 そう言ってまた笑う。眠気覚ましの戯れが、いつしか、ただの楽しい寄り合いになっていた。

 夜が深まり、眠気が重く回ってくると、皆はいよいよ知恵をしぼった。誰かが手拍子をとって古い歌をうたいだし、誰かが謎かけを出しては皆を悩ませる。答えられぬ者は、罰だ罰だとはやされて、立って一さし舞ってみせる。覚束ない足どりに、土間がまた笑いに包まれた。そうやって声を出し、体を動かしているうちは、不思議と瞼も重くならぬのだった。

 おれは、はじめは隅で黙って粥をすすっていた。椀のぬくみが、こわばった指の節々に、じんわりと沁みた。稗の粥はざらりとして、決して旨いものではない。それでも、皆と同じ火で炊いたものを、同じように啜っていると、不作の心細さが、いくらかやわらいでいくようだった。だが夜半をすぎるころには、おのずと話の輪へ加わっていた。不作の愚痴をこぼせば、年寄りが「もっとひどい年もあった」と昔を引いてなぐさめる。来年こそ畔をこう直そう、あの井手いでを皆で浚おう、という相談が、いつのまにかまとまっていく。誰かが膝を打ち、誰かが頷き、火を見つめながら、低い声が幾重にも重なった。不作の年の蓄えをどう分けあうか、種籾たねもみはどこから融通するか。ひとりで抱えれば重い案じごとも、こうして声に出してみれば、案外、道が見えてくる。寄り合って知恵を出しあえば、なんとか冬は越せそうだ——そんな心持ちが、いつしか皆のあいだに広がっていた。

 ふと気づけば、この村でこれだけの人数が、ひとつ火を囲んで夜を明かすことなど、年にそうはないのだった。田は田、家は家、ふだんは各々の暮らしに追われ、顔を合わせても立ち話で別れる。それが庚申の夜ばかりは、虫の告げ口という怖い口実があればこそ、こうして膝を突き合わせ、腹を割って語っていられる。

 炉の向こうでは、長らく仲たがいしていた二軒の家の主が、いつのまにか並んで芋を食っていた。畔の水をめぐって、去年いさかいを起こした者どうしだ。顔を合わせれば角の立つ仲が、皆のいる火のまわりでは、なんとはなしに口をきき、はじめはぶっきらぼうに、やがて声をやわらげ、笑い、しまいには「来年は水を分けあおう」と肩を叩きあっている。年寄りが、それを目を細めて眺めていた。面と向かっては詫びの言葉も出ぬ仲が、皆の笑い声にまぎれて、いつのまにか元の隣どうしへ戻っていく。庚申の夜が、こじれた間柄まで、そっと繕っていくのだった。

 ひとりだけ、初めて講に加わった若い嫁が、隅で固くなっていた。婿入り先の村の作法もまだ呑みこめず、肩をすぼめ、椀を膝に載せたまま、うつむいている。すると女衆が、これをお食べ、あれもお飲み、と次々に椀を回し、昔はこの村もな、と打ち解けた話を聞かせてやる。誰それの嫁入りのときはこうだった、と古い思い出をなぞっては笑わせる。年寄りのひとりが、この村の畑はどの土がよく実る、どの井戸の水がうまい、と、暮らしの覚えごとを一つひとつ教えてやる。嫁は、はじめは小さく頷くばかりだったが、やがて自分の里の話を、ぽつりぽつりと語りだした。夜が更けるころには、その嫁も、いつしか皆と一緒に笑っていた。寄り合いの一夜が、よそから来た者を、村の輪のなかへ迎え入れていく。

 重蔵どのが、おれに椀を差し出しながら、ぽつりと言った。湯気の向こうの、火に照らされた横顔は、いつになく穏やかだった。

 「虫の告げ口など、まことかどうか、おれにはわからん。だがな、この晩があるおかげで、村の衆の顔を、こうしてみな見られる。それが、ありがたいのよ」

 おれは、その言葉が胸に落ちた。眠れば寿命が縮むという恐れが、人をこうして寄せ集める。寄り集まれば、語らいが生まれ、助け合いの相談がまとまり、村の絆が結び直される。恐れが、いつのまにか、人と人とをつなぐ縁に化けていたのさ。

◇ ◇ ◇

 やがて東の空が、うっすらと白んできた。鶏が鳴き、虫の抜け出る夜は、ぶじに明けた。

 皆は、ひと晩起きていた満足げな顔で、伸びをし、欠伸をし、めいめいの家へ散っていった。別れぎわ、「また次の庚申にな」と言い交わす。次に集う日が、もう決まっている。それが、なんとも心強いことに思えた。

 眠ってはならぬ夜を、ひとりで耐えるのではなく、皆で寄り集まって明かす——この庚申待の習いが、村ごとに講をつくり、人を六十日に一度、ひとつ火のもとへ寄せ集めるようになったのは、世の定まらぬ、このころのことだ。ボクは、その移り変わりを、いくつもの在所の炉端で見てきた。

 怖い言い伝えは、口実にすぎなかったのかもしれぬ。三匹の虫がまことに天へのぼるのか、寿命がまことに縮むのか、確かめた者はいない。それでも人は、その夜ごとに寄り集まり、火を囲み、粥を分け、笑い、語り、明日の畑の相談をした。信心の衣を着た、寄り合いの楽しみだったのさ。

 今では、庚申の夜に眠るまいとする者は、もう、ほとんどいない。身の内の虫の話も、寿命を縮める告げ口の話も、笑い話にさえならず、忘れられていった。村の衆が六十日ごとに火を囲んだ、あの夜のことも。

 それでも、とボクは思う。

 怖い言い伝えのひとつもなければ、人は、案外、顔を合わせぬものだ。隣に住みながら、立ち話で別れてしまう。眠ってはならぬという、たわいもない口実が、人を一夜、ひとつ火のもとへ寄せ集め、語らせ、笑わせ、助け合わせた。恐れの裏に、人の寄りたいという願いが、ちゃんと隠れていたのさ。

 庚申待は、ただ眠らずに夜を明かすだけの、たわいもない習いだ。それでも、その一夜には、ひとつ火を囲んで肩を寄せ合った、村の衆の温かさが染み込んでいる。ボクは、そういうものが、好きなんだ。

参考文献・もっと詳しく

庚申待は、干支の庚申にあたる夜に眠らずに過ごす習俗で、人の身の内に棲む三尸の虫が、就寝中に抜け出して天帝へその人の罪過を告げ、寿命を減じるという道教由来の言い伝えにもとづくとされる。やがて村ごとに庚申講が結ばれ、青面金剛などを本尊に掲げて寄り合う、六十日に一度の社交の場として広まったと伝わる。明応五年は一四九六年(明応は一四九二〜一五〇一年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。※本文の人物・会話・情景は創作。

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