第 144 話道具長崎から来た硝子売りと、軒の鈴に首を振った本所の大家
〜鈴を吊るす場所は、なぜ軒の真ん中ではなかったのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
大家の喜左衛門は、暑い盛りほど、表の戸を閉て切っておく男だった。風が入ると帳面の紙がめくれる、というのが言い分だ。
その喜左衛門が、軒に鈴をひとつ吊るすのを許すまでには、ひと悶着あった。ボクが夏のあいだ住みついた、本所の裏店のことだ。
◇ ◇ ◇
安永六年(一七七七年)、本所の裏店。あっしは棟の端、屋根の熱をまともに受ける一間を借りて、日雇いの荷役で食っていた。
夜になっても、板壁は熱を吐きつづけた。寝床に仰向けになれば、梁から昼の暑さがじわじわと降りてくる。窓の外は、風の音ひとつしない。三晩つづけて、あっしはほとんど眠れなかった。
そこへ、昼さがりの路地に、知らぬ顔の男が荷を下ろした。長崎から船と街道をたどって下ってきたという硝子売りで、名を角蔵といった。藁を詰めた木箱をあけると、指でつまめるほどの玉が、ひとつずつ綿にくるまって並んでいる。
「ぎやまんの鈴でさあ。風で鳴らす」
角蔵はそう言って、玉のひとつを陽にかざした。吹き竿の先で息をふきこんで、ふくらませたものだという。壁は紙より薄く、底のあたりに小さな泡が閉じこめられている。口の縁は、わざと磨かずにざらつかせてあった。
「ひと息で吹かねえと、壁が厚くなる。厚けりゃ、鈍い音しか出ねえ。長崎じゃ、これを吹ける職人は数えるほどでね」
吹いた玉は竿から切り離される。その切り口が、そのまま口の縁になる。磨けば見た目はいいが、舌が当たったときの音が痩せるのだと、角蔵は問屋の職人から聞いた通りに話した。
角蔵は、玉を陽にかざしたまま、そう言った。自分で吹くわけではなく、問屋から預かって売り歩く身なのだと、あとで聞いた。
あっしは玉をひとつずつ手にとって、爪の先で縁をはじき、音をくらべた。澄みすぎるのは耳に刺さる。濁るのは鈍い。五つめが、ちょうどよかった。はじいた指を離してもなお、音は細く尾を引いて、耳の奥で消えるまでに数をひとつ数えられるほどだった。ほかの玉は、数えるまえに途切れた。

「舌がついてねえな」
「道中で割れるんでね。舌は、買い手の顔を見てから付けるのが決まりで」
あっしは値をきいた。言い値は、日雇いの稼ぎの数日ぶんだった。
あっしは財布代わりの巾着を、袖の上から押さえた。中身は、もう数えるまでもなかった。
「高えな。割れもんひとつに」
「割れもんだから、でさあ。ここまで運ぶだけで、十ばかり砕いてる」
粘って、半日ぶんだけ負けさせた。そうして、あしたの夕までに舌をつけて持ってくるよう頼んだ。角蔵はうなずくと、木箱をかついで、宿にしている木賃宿のほうへ去っていった。舌をどう付けるのか、手元は見せてもらえなかった。それは売る側の仕事で、あっしの知ったことではない。
その日の荷役は、材木を川岸から蔵へ運ぶ仕事だった。肩に食いこむ丸太の重さより、あしたの夕までの時のほうが長かった。舌をどう付けるのか知らぬまま、あっしは何度も、まだ見ぬ鈴の高さを頭のなかで測っていた。
井戸端で見ていたおくまが、洗い物の手をとめて言った。
「びいどろの玉が鳴ったって、暑さが一分でも引くのかい。割れりゃ怪我のもとだよ」
あっしは答えなかった。答えようがない。引かないのは、その通りだった。
隣の部屋の大工は、箱から目をそらして言った。
「南蛮の玩具に銭を払うたあ、豪勢なこった」
ところが、その大工の女房は、角蔵の箱をのぞきこんだまま、なかなか離れなかった。路地の者は、こうして半々に割れた。笑う者と、黙って目で追う者とに。
大家の喜左衛門は、もっと手厳しかった。
「軒はこの棟のものだ。釘一本、打たせねえよ」
翌朝、あっしは念のため、喜左衛門の家の戸口に立った。帳面を広げた膝のわきに、文鎮代わりの石が三つ並んでいた。軒の竹竿を借りたい、と言った。
「割れもんが落ちて、人の頭に当たったらどうする。去年も、隣の棟で簾が風にあおられて、ひと騒ぎあった」
喜左衛門は、そう言って取りあわなかった。あっしは、せめて夕まで、と頭を下げてみたが、返ってきたのは「様子を見る。三日は待て」のひとことだった。
その日の夕、角蔵は約束どおり戻ってきた。玉の内には、細い糸にさげた舌がおさまっている。糸の長さは、玉の縁の内側へ指を一本差し入れたとき、舌のさきがその指の腹に触れるほど、と決めてあるそうだ。長ければ縁をこすって濁り、短ければ打たない。角蔵はあっしの目の前で、その長さを自分の指で確かめてみせた。
釘は打たなくていい、と角蔵は言った。竹竿に麻紐で結べばすむ。問題は、どこに吊るすかだった。

角蔵は懐から、紙縒りを一本とりだした。それを指でつまんで、庇の下を端から端へ、ゆっくりと動かしてゆく。真ん中でも、井戸のそばでも、紙縒りはだらりと垂れたままだった。おくまが首をかしげ、ひやかしに出てきた子どもたちが、わけもわからずその後ろをついてまわる。
路地の口にいちばん近い竹竿の角へ来たところで、紙縒りの先が、ふっと横へ流れた。角蔵の指がとまった。
あっしの手は、そのときもう動いていた。鈴の紐を竿の角へ回して、ひと巻き、ふた巻きして、引けば締まる結びで留めた。結び目の癖は、荷役の縄で指が覚えている。
角蔵は、紙縒りの流れと、あっしの結び目を見くらべた。それから黙って、鈴を紐ごとつかんで、指二本ぶんだけ、路地の口のほうへ寄せた。
風が来た。
ちりん、と鳴った。井戸の底で、釣瓶の水が小さくはねたような音だった。
路地の者が、いっせいに軒を見あげた。おくまは、洗い物を持ったまま、口をひらいて立っていた。暑さは、さっきと同じだ。汗は背をつたっている。だが、鈴の音が路地の奥へ抜けていくあいだ、誰も「暑い」と言わなかった。
そこへ、寄合から戻った喜左衛門が、木戸をくぐってきた。軒を見あげて、顔をしかめた。
「釘は」
「打ってやせん。結んだだけで」
喜左衛門は、竹竿の角をじっと見て、それから何も言わずに自分の家へ入った。戸は、閉てられなかった。
あとで井戸端で聞いた話では、去年の夏、風にあおられた帳面の紙が一枚、溝へ落ちて、店賃の控えが半月ぶん読めなくなったのだという。大家が戸を閉て切るのには、それなりの訳があった。
その夜、あっしは窓をあけ放して、横になった。昨夜までの、あの重たい静けさは、もうなかった。風が通るたびに、ちりん、と鳴る。あっしは寝床から腕をのばして、窓の外へ掌をひろげてみた。何をつかもうとしたのか、自分でもわからない。ただ、風は掌の上を通っていった。
風のある間は鈴が鳴り、風がやむと、鳴らなかった。鳴らない間の暑さは、鳴っている間の暑さより、少しだけ重かった。あっしはそれを、肌に浮いた汗の乾き具合で知った。
三日めの朝、喜左衛門が、手拭いにくるんだ銭を持って、あっしの部屋の戸口に立った。
「あの角蔵とやらに、あと一つ頼んでくれ。表の戸口にな。……吊るすのは、角だぞ」
喜左衛門は、戸口で、ひとつ咳ばらいをした。大家の手は、銭をくるんだ手拭いを、まだ強く握りしめていた。
◇ ◇ ◇
その秋の終わり、ボクが裏店の路地をまた通ると、おくまが、路地の口の角から外した鈴を掌にのせて、布でひと拭きしていた。ボクが買ったほうの鈴だ。舌の糸はほどかずに、桐の小箱へ収める。
参考文献・もっと詳しく
※ ガラス製の風鈴は、長崎を通じて伝わった南蛮渡来の吹きガラス(ぎやまん・びいどろ)の技術を背景に、江戸中期以降に作られるようになったと伝わる。当初は高価な品で、しだいに庶民の夏の道具として軒先に吊るされ、音で涼を感じる暮らしの工夫として広まったとされる。それ以前は青銅製の風鐸が寺社の魔除けとして用いられていたという。安永六年は一七七七年。※本文の人物・会話・情景は創作。
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