笠の下の二人連れと、灰の降った町の女房たち第 142 話文化
文化江戸のころ・天保五年・日本橋の往来読了 約6分

笠の下の二人連れと、灰の降った町の女房たち

〜煙のまだ立つ昼、笠の爺さんはなぜ焼けあとに背を向けて歩きだしたのか〜

はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。

 駅前で、号外を配る男の手から、紙が一枚ずつ消えていく。受け取った者は歩きながら見出しを目で拾い、足を止めない。

◇ ◇ ◇

 天保てんぽう五年(一八三四年)二月、日本橋の往来は、朝から灰くさかった。

 前の晩のことだ。あっしは木賃宿きちんやどの二階で、半鐘はんしょうに叩き起こされた。窓を開けると、北の空がぼうっと赤い。町じゅうが寝間着のまま通りへ出て、神田か、いや湯島か、と言い合っていたが、確かなことを知る者はいなかった。風が強く、赤い火の粉が、白い灰のかけらにまじって、ときおり屋根の上をすべっていった。

 明け方には火が収まったらしい。けれど、どの町が焼けたのかは、まだ誰の口にものぼらなかった。

 宿の戸口に、菅笠すげがさをかぶった爺さんが立っていた。三日前から、あっしを日雇いで使っている人だ。その三日、あっしは「紙売りの小僧」としか呼ばれなかった。咽喉をいためて、声がかすれてしまっている。笠の裏には、前の火事で開いたものか、小指の先ほどの焦げ穴があった。

 「利助、支度しな。読売だ」

 あっしは一拍おいて、その名を舌の上で転がした。読売よみうり。あっしの役は、声に出して読むほうだった。

 爺さんの袖から、焦げた木の匂いがした。袖口から手首にかけて、煤が黒くすじを引いている。火の収まる明け方、焼けあとの縁まで歩いて、町の名を確かめてきたのだという。

 版元の家の土間に、刷りあがったばかりの紙の束が積んであった。墨がまだ生乾きで、一枚めくるたびに匂いが立つ。火事の絵があり、その下に焼けた町の名が並んでいる。連雀町、須田町、多町。紙は一枚きりの粗い和紙で、値は四文と決まっている。百枚ある、と爺さんは指を立てた。夜通し版木を彫った男は、徹夜明けの赤い目で土間の隅に丸まって、もう寝息をたてていた。

 あっしは束の一枚を手に、読む稽古をした。町の名を、順に、息つぎの場所を決めながら。読売の売り声は、絵を見せ、町の名を読み、最後に値を言う。声がかすれた爺さんが、そのあいだ黙って、あっしの口の動きを見ていた。

挿絵:あっしは束の一枚を手に、読む稽古をした

 外へ出ると、日はもう高かった。二人とも笠を深くかぶる。お上の許しを得ぬ商いだから、顔は見せない。あっしが束を抱え、爺さんが銭の袋を腰に下げた。束は縄で十文字にくくってあり、縄の目が抱えた腕に食いこんだ。爺さんは袋の口を固く結び、結び目を指で二度、確かめた。

◇ ◇ ◇

 焼けあとの手前の辻には、人があふれていた。

 あっしは迷わず、そこへ立った。人の多いところが売れどころだ、と考えた。紙を一枚高く掲げて、声を張る。

 「さあさあ、ゆうべの大火事、焼けた町の名、残らず刷ってあるよう」

 誰も、買わなかった。

 焦こげた梁の下で、鍋釜を荷車に積む女がいる。黒い水たまりを避けて、子の手を引く男がいる。焼け出された者の目は、あっしの掲げる紙ではなく、自分の家の跡ばかり見ていた。見物の者は見物の者で、焼けあとを見るのに忙しく、紙を買う手がふさがっていた。

 そこにいるのは、焼け出された者と、見物に来た者ばかりだった。焼けた町の名は、焼けあとが目の前にある。煤で顔の黒い男が、あっしの紙をちらりと見て、「町ならおれがいちばんよく知ってらあ」と背を向けた。そのうち、腰に十手をさした同心が、人垣の向こうをゆっくりと通りかかった。爺さんがあっしの袖を引く。束を背へまわして、笠を下げ、足音が過ぎるのを待った。それで調子が狂った。半刻たって、売れたのは四枚だった。

 爺さんは、何も言わなかった。笠のふちを持ちあげて、焼けあとの上の煙を見た。その煙は、南へ、日本橋のほうへ、ゆるく倒れている。爺さんは指を舌でしめらせ、宙にかざした。その指で、笠の裏の焦げ穴を、一度なぞった。それから束を半分わけにすると、さっさと歩きだした。堀端を荷舟がゆっくり下っていった。船頭の笠にも、肩の上にも、細かい灰が薄くつもっていた。焼けあとに背を向けて、南へ。

 あっしはあわてて追った。あっしの考えが外れたことだけは、確かだった。

 日本橋の本町まで来ると、軒先がどこも灰をかぶっていた。干したままの白い襦袢に、黒い点がまだらについている。どこかの勝手口から、昼の味噌汁の匂いがしている。そんな町なのに、物干しの下で、女房が三人、手をかざして、北の空を見上げていた。煙は見える。けれど、どこが焼けたのかは、誰も知らない。

挿絵:日本橋の本町まで来ると、軒先がどこも灰をかぶっていた

 「さあさあ、ゆうべの大火事、焼けた町の名、残らず刷ってあるよう」

 声を張るより先に、女房たちが寄ってきた。四文銭しもんせんをつかんだ手が、いくつも突き出される。爺さんが銭を受けて、紙を一枚ずつ抜いては渡した。

 あっしは、読むのを忘れていた。紙は、読み上げるまでもなく、女房たちの手のなかで読まれていく。絵を見る者、字の読めぬ者は隣の肩ごしにのぞきこんで、ここに何と書いてあるのかと、せわしなく問うた。あっしは問われるたびに、町の名をひとつずつ、声に出して教えた。

 「連雀町はどこだい、須田町は」

 「うちの娘が、鍛冶町の紙屋へ嫁いでるんだよ。早く、見せておくれ」

 女房は紙をひったくるように受けとると、絵をたどり、焼けた町の名を一つずつ指で追った。連雀町。須田町。多町。そこで、指が止まった。

 「……鍛冶町は、ない」

 へなへなと、土の上に座りこんだ。紙の端を握りしめて、「ない、ないよ」と何度も言う。肩がふるえて、笑っているのか泣いているのか、分からなかった。笠の下から、あっしは見ていた。女房の肩にも、灰が乗っていた。

 別の女房は、紙の上に自分の町の名を見つけて、顔から血の気を引かせた。紙を握ったまま、下駄を鳴らして北へ駆けていく。その背へ、爺さんが何か言いかけて、やめた。

 束は、半刻のうちに空になった。焼けあとの辻で四枚、ここで九十六枚。爺さんは腰の袋の口を締めながら、重さを確かめるように、一度だけ叩いた。

 あっしは、空になった両腕を見おろした。束を抱えていたときより、そこに残った熱のほうが、あとまで抜けなかった。

 帰りの足は、行きよりも軽かった。声を張りすぎて咽喉はひりついたが、胸のうちは、朝の窓を開けたようにすっきりしていた。

 その晩、版元の家の土間の壁に、色の褪せた刷りが一枚、貼ってあった。絵の火事は、前の大火のものだという。爺さんは笠を脱いで、その刷りの前の釘に掛けた。焦げ穴のふちの煤は、壁の絵の煤と、同じ色をしていた。

 爺さんは、それについては何も言わず、椀の煮豆を黙ってかきこんでいた。かすれた咽喉に湯気をあてるように、ゆっくり、ひと口ずつ。あっしの分の椀も、黙って、あっしの膝の前へ押してよこした。

 あしたは、あしたの紙が刷られる。そのとき、あっしがどの辻に立つかを、爺さんは何も決めてくれなかった。

◇ ◇ ◇

 駅前で受け取った一枚の端に、ボクは鼻を寄せてみる。

 あの朝の一枚は、墨と煤の匂いがした。いまの一枚は、乾いた紙の匂いがする。

参考文献・もっと詳しく

※ 瓦版(読売)は江戸期に流通した一枚刷りの速報的印刷物で、火事・地震・心中・仇討ちなど人々の関心を集めた出来事を絵と文で伝えたとされる。多くは無届けで売られたため、売り手は笠などで顔を隠し、二人一組で文句を読みあげながら売り歩いたと伝わる。値も安く、庶民が「今日の出来事」を共有する新聞の祖となったとされる。天保五年は一八三四年。本文の火事は、この年二月の甲午の大火(神田から日本橋へ延焼したと伝わる)を背景にするが、町の並びや人物・会話・情景は創作。

当サイトは Amazon アソシエイト・プログラムの参加者です。上記リンク経由の購入で当サイトに収益が発生する場合があります。

この話が続いてほしいと思ったら、心ばかりの応援をしていただけます。見返りのない、任意の支援です。

このサイトを応援する →
同じテーマの話
文化京のある家で、冠を納める箱には傷が五つあった文化月は、まっすぐ見ないものだった、盃のなかでは文化柘榴口の暗がりをくぐって、湯屋の二階へ上がる
同じ時代の話
言語八つの子が書いた三文字食晦日の辻の屋台、左の端に伏せてある欠けた丼道具行灯の火を米粒ほどにして針を運ぶ、神田の後家おさん