第 115 話道具脚をつけて、暮らしを箱の中へ畳んだ——衣も書も器も呑みこんだ、渡来の収納箱のこと
〜散らかった暮らしを、人はなぜ蓋つきの箱に押しこんで、ひと息ついたのだろう〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
脚が、四本。
蓋が一枚。釘は一本も使わない。担げば四人がかり、腹に呑みこんだ書は何百巻。海を越えて渡ってきたその箱を、人は唐櫃と呼んでいた。
いまボクの手もとにある簞笥は、床に直に据わっている。抽斗を引けば開き、押せば閉じる。
唐櫃は、床から浮いていた。それだけが、違っていた。あの脚の高さのぶんだけ、床と箱のあいだに、いつも風が通っていた。仕舞う道具のかたちに、こんな違いのあった時代があったことを、いまも忘れずにいる。あの日、ボクはそれを、通りすがりに見ただけだった。
◇ ◇ ◇
寛仁四年(一〇二〇年)の秋、われは書写の道具を背負って、平安京の左京を歩いていた。次の仕事場へ向かう、ただの道すがらだった。朝方まで降っていた雨のせいで、道はまだ黒くぬかるみ、荷車の轍が幾筋も刻まれていた。肩には筆と墨、丸めた紙を入れた竹の笈を背負っていた。次の勤め先までは、まだ半日ほどの道のりが残っていた。
崩れた築地塀の前で、荷車の軋む音に足が止まった。門の内から、男たちの掛け声が響いてくる。物見高い通りすがりの者が幾人か、塀の崩れ目から中を覗きこんでいた。われも、その隙間に肩を寄せて中をうかがった。庭先にまで、巻物が積みあがっているのが見えた。紐のほどけた巻、湿気で波打った巻、鼠にかじられた端。黴と古紙の匂いが、開け放たれた蔀の向こうから流れてきた。誰かの書庫が、ひっくり返ったふうだった。
四人がかりで担がれてきたのは、檜の白木で組まれた、丈の高い箱だった。四隅にしっかりとした脚が立ち、蓋には鉄の金具と、提げ鐶まで下がっている。地面に下ろされるたび、鐶がかちりと低く鳴った。継ぎ目という継ぎ目に釘は見えず、木と木を組みあわせただけの拵えだというのに、担ぎ手の一人が試しに揺すっても、びくとも軋まなかった。表には唐草に似た彫りが、ひとすじだけ、控えめに刻まれていた。
担いできた男は、都の者ではないと、ひと目で知れた。日に灼けた顔、潮の匂いの染みた麻衣、聞き慣れぬ訛り。筑紫を行き来して唐物を商う者だと、門先で誰かが囁くのが聞こえた。長旅の埃を払う間もなく、男はすぐさま蓋を開け、屋敷の下男たちに見せてまわった。木の脂の匂いが、庭先まで青く漂った。

「脚を立てろ。下に風を通せ」 行商人が口にしたのは、それだけだった。担ぎ手のひとりが、屋敷の隅に片づけられていた古い櫃を指さす。脚のない、床にじか置きの櫃だった。底板は黒ずみ、うっすらと黴の跡が這っている。据えていた土間だけが、まわりよりも湿って黒い。運ばれてきた唐櫃の下は、乾いた土がそのまま覗いていた。それだけで、何が違うのかは知れた。
年老いた下男は、腕を組んだまま、黙って箱に背を向けた。 「異国のやりようなど。この国には、この国のやりようがあろう」 だが、そばにいた若い下女は身を乗り出し、脚の削り跡に指を這わせていた。 「軽やかな拵えですこと。運ぶにも、担ぎやすうございましょう」 もうひとりの下男は遠巻きに眺めるだけで、どちらにも与しなかった。塀の外で見物していた者のひとりが、連れに「あれは、火事のときにも丸ごと担ぎ出せるそうな」と、聞きかじりを得意げに語るのが聞こえた。台所のほうから顔をのぞかせた老女は、箱を一目見るなり、そそくさと釜の湯気の陰へ引っこんだ。「異国の物を屋敷に入れると、家神さまが臍を曲げなさる」と、聞こえよがしに唱えるのが、われのところまで届いた。軒先に隠れて様子をうかがっていた童が二人、行商人が背を向けた隙に、そっと箱に近寄っては、脚の一本を指先でつつき、弾かれたように逃げていった。
箱を検分し終えると、行商人は蓋を静かに閉じてみせた。かちり、と鐶が鳴り、それきり物音ひとつ立たなかった。「あと十日もすれば、また筑紫へ発つ」男はそう言い残すと、担ぎ手たちに合図して、箱を屋敷の奥へと運びこませた。
われは、頼まれもせぬのに門先に立ちどまって、それを見ていた。誰も、われに何ひとつ説明してはくれない。見えるのは、潮に焼けた指が蓋の合わせ目をなぞる仕草と、下男たちの割れた目つき、それだけだった。やがて男たちは箱を担ぎなおし、沓脱ぎの向こうへ運びこんでいった。閉じられた妻戸の音が、ひとつ低く響いた。
◇ ◇ ◇
奥の簀子には、腰の曲がった主人が座って、届いたばかりの箱を眺めていた。宗時という名を、下女が呼ぶのが聞こえた。すでに亡い父の書を、子のために整えなおしたいのだという噂も、門先で耳にした。痩せた肩に掛けた狩衣の衿元が、風に小さく揺れていた。

やがて下男たちが、恐る恐る一巻ずつ、箱の中へ収めはじめた。底には浅い仕切りがあり、薄いものを上に、重いものを下に容れるようにできている。仕切りの合わせ目には、指一本の隙もなかった。一巻を持ちあげるたび、細かな埃が、蔀からもれる夕方近い光の中で、ぼんやりと舞いあがった。ひとつ収めるたび、宗時は膝の上で別の巻を手にとっては長いこと迷い、結局はまた元の山へ戻すことを繰り返していた。乾いた巻はぱりりと端が粉になり、湿った巻は指に冷たく吸いついた。日に灼けて茶ばんだ巻もあれば、奥に埋もれて色の変わらぬ巻もあった。同じ紙でも、置かれた場所のぶんだけ、傷み方がちがっていた。
巻の数を数える下女の声が、風に乗って途切れがちに届いた。三十、四十……そこから先は聞きとれず、あとは黙々と手だけが動いているようだった。聞こえただけの数のぶんでも、父が生涯かけて集め、書き写したものの多さは知れた。数えられるたび、宗時の肩がわずかに沈むのが見えた。ひとつだけ、他の巻からそっと離されて、長いこと膝の脇に置かれたままの一巻もあった。なぜそれだけ別にしたのかは、ここからでは分からなかった。
器に容れられる数は、山とちがって限りがある。それを前にして、人ははじめて何を残すかを己に問うのだ、と、われはそのとき思った。
宗時の指が、一巻の上でふと止まった。震える指先が、いつまでもそこをなぞっていた。口もとがかすかに動いたようだったが、何を言ったのかまでは、ここからは分からなかった。若い下女が、そっと新しい巻を差し出すと、宗時はそれを受けとって、また長いこと膝の上で眺めていた。庭先の風が、積みあげた巻の端をかすかに揺らした。遠くで、稲を打つ音がぽつぽつと届いていた。
日は早くも傾きはじめていた。屋敷の下男の一人が、いつまでも門先に立つわれを見咎めて、道を空けろとぶっきらぼうに追い払った。われは頭を下げ、そのまま歩きだした。振り返って見ても、崩れた塀の内はもう見えなかった。市の方角からは、夕刻を告げる商人たちの呼び声が、途切れがちに流れてきていた。屋根の上を、烏が二羽、鳴きながら過ぎていった。ただ、鐶の鳴る低い音だけが、しばらく耳の奥に残っていた。
◇ ◇ ◇
あの日、肩に食いこんだ荷の綱の重みだけを、ボクはいまも覚えている。何百巻もの書を呑みこんだという、あの脚つきの箱の重さを、ボクは知らない。ただ、己の背に負うていた竹の笈の、ひと括りぶんの重みならば、この手がまだ忘れていない。担ぐたびに肩へ食いこんだ綱の痕は、とうに消えた。だが、あの重みの記憶だけは、いまだにこの肩に残っている。
参考文献・もっと詳しく
※ 唐櫃(からびつ)は、脚をつけた蓋つきの収納箱で、大陸の様式を写した渡来のかたちと伝わる。床から物を浮かせて湿気を避け、衣・書・器・調度などを納め、鐶をかけて担ぎ運べる器として、平安期の貴族や寺社、書物を大切にした家々の暮らしを支えたとされる。入れる物によって衣櫃・文櫃などと呼び分けられ、後世の長持や箪笥といった収納具の源流のひとつとも言われる。脚のない箱は和櫃(やまとびつ)と呼んで区別されたと伝わる。寛仁四年は一〇二〇年(寛仁は一〇一七〜一〇二一年)。本話の人物・会話・情景は創作。
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