今橋の店先で天秤の皿に載った、旅商人の銀の包み第 146 話仕事
仕事元禄のころ・大坂の今橋読了 約6分

今橋の店先で天秤の皿に載った、旅商人の銀の包み

〜銀は蔵に残ったまま、なぜ東から来た紙一枚で渡されるのか〜

はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。

 手代てだいが天秤を土間へ運び出し、分銅ふんどうの箱の蓋を、かたりと開けた。竿を布で拭い、皿を二枚、端の鉤へ掛ける。朝いちばんの、手の決まった動きだった。

 元禄げんろく十年(一六九七年)の春の朝、今橋いまばしでは、どの両替屋りょうがえやの店先でも同じ音がしておった。分銅を皿に置く、ちりん、ちりんという小さな音である。朝露の乾ききらぬ石畳に、小僧が竹箒をかけている。店ごとに高さが少しずつ違うて、軒づたいに歩けば、通りぜんたいが鳴っている。

◇ ◇ ◇

 わしは道中の銭が心細うなって、そのうちの一軒に立ち寄っただけの旅の者だ。懐には豆板銀まめいたぎんが三つ。順を待つ客が、わしの前にひとりいた。急ぐ旅でもないのに、わしは足の裏が重かった。

 帳場の盆には小判が三枚、黄色く並んでいる。盆の縁には、客の指が触れて角の艶が増している。柱の釘には、穴あき銭を通した藁の緡さしが掛かっている。金と銭のあいだの土間で、これから銀が量られるのだった。三つの物が、ひとつの店のなかで、それぞれの重さで並んでおる。小僧が表へ水を打つと、土の匂いが店のなかまで流れ込んできた。

 前の客は、旅装束の男である。菅笠すげがさを背に負い、足もとに布でくるんだ包みを置いている。脚絆には白い埃がこびりつき、草鞋の紐は左右で結び方が違う。道中で一度、結び直したのだろう。布の皺の沈み具合で、中身が銀だとわかった。指先は黄色く染まって、薬種を刻む人の手だと見当がついた。その手が、包みの結び目を解いては結び直し、解いては結び直している。

 手代は包みを解き、丁銀ちょうぎんと豆板銀を皿に移した。丁銀は海鼠のように細長く、表に大黒の極印が打たれている。豆板銀は豆ほどの丸い粒で、足りぬ目方はこれで埋めていくのだった。向かいの皿へ分銅を足していく。竿が傾き、戻り、また傾く。大きな分銅から順に置いても、はじめの数粒では竿はまだ片方へ落ちきったままで、小さな粒に替わるほど、動きが細こうなってくる。男は息を詰めて、その竿の端ばかり見ていた。分銅の箱のなかで、いちばん小さな一粒だけが角を丸くして光っていた。何千度と指に挟まれてきた粒なのだろう。手代はその粒をつまんで、皿へ置いた。竿が水平になって止まる。皿の上の銀は、ほんの少し鈍く光って見えた。

挿絵:手代は包みを解き、丁銀と豆板銀を皿に移した

 「三百二十匁、ちょうどで」

 男の肩から、ふうっと息が抜けた。

 手代の指の腹は、分銅の箱の縁と同じ鈍い色に黒ずんでおった。その指が、帳場の小判の盆には、一度も触れない。小判は、盆の上で、ただ黄色く並んでおるだけだった。手代は小僧を呼び、包みに木の札をくくりつけさせた。小僧は包みを抱えて、土間の奥の蔵へ運んでいく。半ば開いた蔵の戸の内に、棚が見えた。同じような札をつけた包みが、びっしりと並んでおる。どの包みの結び目も、きちんと同じ向きに締めてあった。蔵の戸が閉まると、隣の店の分銅の音が、また土間まで届いてきた。

 それから手代は帳面をたぐった。繰る頁はどれも墨と朱で埋まって、古い頁ほど茶に焼け、角は指に擦れて丸い。手代の指は、ある頁でぴたりと止まった。

 手代は墨を含ませた筆で、帳面の端に男の名と目方を書きつけた。それから薄い紙を一枚取り、銀の目方と宛名を書いた。江戸のお店の名は、ほかの字より大きく、ひと息に書かれた。三つ折りにして、折り目の端へ朱の判を据える。判を押す手に、わずかに力が入った。

 「折り目はそのままで。濡らさんように。江戸のお店で、この判を見せなはれ」

 男は紙を受け取って、しばらく眺めた。紙は、掌の上でほとんど重さがなかった。足もとの包みはもう無い。目方のあった物が目方のない物になって、手に残っている。

 「これ一枚で、向こうは銀を渡してくれますのんか」

 「向こうは、うちの判を、控えと突き合わせますよって」

 手代は、それ以上は言わなんだ。尋ねられたことにだけ答えて、あとは黙って次の仕事へ手を伸ばす人だった。次の客のほうへもう顔を向けている。通りの向こうの店先では、米問屋の使いらしい男が、銭の袋を肩から降ろして順を待っておった。

 これが為替の手形か、とわしは胸のうちで思うた。遠い先へ銭を送る手が、この一枚から伸びておる。

 男は紙を陽にかざしてみて、薄さにまた首をかしげた。透けた紙の向こうに、朱の判だけが濃く浮いている。手代の筆の跡より、その判のほうが、よほど確かな物に見えた。それから折り目のとおりに畳みなおし、肌着の内へしまって、胸の上を掌で二度押さえた。

挿絵:男は紙を陽にかざしてみて、薄さにまた首をかしげた

◇ ◇ ◇

 男が暖簾を出ていくのと入れちがいに、東の訛りの男が土間へ入ってきた。

 笠の紐は汗で黒ずんで、足の運びに長旅の疲れが出ている。男は懐から折り畳んだ紙を出した。折り目が、何日も肌に当たってやわらかくなっている。紙の隅の朱は、汗を吸って滲んでおった。

 小僧が、湯のみを一杯、東の男の前へ置いた。男は口をつけず、その紙の行方ばかり見ている。手代は紙を開いて帳面の頁に重ね、朱の判を、頁の跡と見くらべた。指の爪が、頁の跡を上から下へゆっくり辿る。ひと息、ふた息ほど、そうしていた。やがて手代は、小さくうなずいた。東の男は、その爪の動きを、立ったまま黙って見ている。それから小僧に顎をしゃくる。小僧は蔵の戸の奥へ消えて、札のついた包みをひとつ抱えて戻った。札は、さっきの旅商人の包みとは別のものだった。

 銀は、皿の上で量りなおされた。手代は小さな分銅を一粒ずつ足しては、竿の戻りを見る。朝一番の客に使うたときと、指の運びがまるで同じだった。竿が水平に止まるのを待って、手代は目方を読みあげ、紙の上の数と見くらべる。数は、合っていた。手代は読みあげた目方を、帳面の端にも小さく書き添え、朱の判をひとつ据えた。男は、手代が読みあげたのと同じ高さで、静かにうなずいた。さっきの旅商人の紙は、いまごろ東へ歩いている。

 そのあいだ、旅商人の包みは、蔵の外へ一歩も出てはおらなんだ。東の男は包みを受け取ると、布の端を折って、結び目を二度きつく締めた。さきほどの旅商人の手と、おなじ結び方だった。

 わしの番が来た。待つあいだに、懐の豆板銀を指で数えなおしたが、三つは三つのままだった。三つの豆板銀を皿にのせると、竿はあっけなく水平になった。手代は緡を柱の釘から三本はずして、わしの掌に置いた。数えもせず、掌で量るように軽く揺すって渡す手つきだった。藁の緡は、ずっしりと重い。藁は乾いて、掌に粉っぽかった。銀三粒が銭の束になって、掌の重さは増えたが、懐のほうは軽くなった。

 三本の緡は、掌に提げると縄のように食い込んだ。手代の硯の水は、もう半分ほど減っていた。朝からどれだけの紙と銀が、この土間を通ったのだろう。軒の向こうでは、ちりん、ちりんという音が、まだ途切れずに続いている。わしは礼を言って、店を出た。待つ客の列は、もう土間の外まで伸びていた。

 橋の半ばで、ひとたび振り返った。人混みの向こうに、さっきの菅笠が見える。肘を胸へ引きつけたままの背が、東へ、東へと、小さくなっていった。わしはその笠が見えなくなるまで、橋の上に立っておった。掌には、藁の緡の跡が赤く残っていた。

◇ ◇ ◇

 ボクはいま、小さな板に触れて、遠い町へ数字を送る。

 あの春、数字は紙一枚になり、旅商人の掌に押さえられて、人の足で十日あまりかけて江戸へ着いた。いま数字は、ボクが掌をひと握りするあいだに、遠い町へ着く。

参考文献・もっと詳しく

※ 江戸時代は江戸を中心とする金遣い、大坂を中心とする銀遣い、そして銭が併存する三貨制度がとられ、その間の交換比率は日々変動したとされる。両替商はこれらの両替に加え、預金・貸付・為替(手形による隔地間の送金)を担い、大坂の今橋・天満などには有力な両替商が集まったと伝わる。為替手形により正貨を現送せずに遠隔地の決済が可能となり、三都を結ぶ商品流通を支えたとされる。元禄十年は一六九七年(元禄は一六八八〜一七〇四年)。※本文の人物・会話・情景は創作。

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