骨に紙を貼ったただの仕切りが、絵を負って部屋の「面」になっていった日のこと128道具
道具室町のころ・京の屋形読了 約8

骨に紙を貼ったただの仕切りが、絵を負って部屋の「面」になっていった日のこと

借りものの屋形で、絵師はなぜ動くだけの仕切りに、消えてゆく松を描いたのか

 ふすまというのは、骨に紙を貼った、ただ一枚の動く仕切りだ。

 今でも和室のある家なら、襖はあたりまえに立っている。引けば動き、閉てれば壁になる。日に灼けて色を変え、破れれば貼り替える。あまりに当たり前すぎて、それが何であったかを考える者はいない。

 もとは、なんということもない建具だった。広い板敷きを、その日の用に合わせて、ここで仕切り、あちらを開け放つ。客が来れば閉てて間を分け、人が集えば外して一間にする。軽い木の骨に紙を貼っただけだから、女子供でも、すいと寄せ、すいと引ける。寒さをふせぎ、人目をさえぎる。仕切りの用など、はじめはその程度のものだった。引けば動き、立てれば壁になる、目立たぬ間仕切りさ。

 ところがその一枚が、いつのころからか、ただの仕切りではなくなっていく。貼られた白い紙が、絵師にとっては、またとない広い「面」に見えはじめたのだ。床から鴨居かもいまで、継ぎ目もなく続く白。そこへ松が描かれ、波が描かれ、金の雲がたなびく。襖はもう、間を分けるためだけのものではない。閉てれば一枚の絵となって、座る者の心を、まるごと包む壁になっていく。

 ボクが見てきたのは、その一枚の仕切りが、ただ動くだけの建具から、絵を負う「面」へと育っていく、その移り変わりだ。人が、間を分ける布や板より先に、そこへ何を描くかを思うようになった、そのあたりのことさ。

◇ ◇ ◇

 宝徳ほうとく二年(一四五〇年)の秋のことだ。おれは京の、さる屋形やかたへ出入りする経師きょうじのもとで、紙を漉き、骨へ貼る下働きをしていた。

 夜明け前に川端へ下りて、凍えるほど冷たい水に簀桁すけたを沈め、こうぞの繊維を揺すって紙を漉く。指の先はじきにかじかんで、爪のあいだまで白くふやけた。漉きあげた紙を板に伏せて干すと、薄い秋の日に透けて、霜の張った田のようにしらじらと光る。その白を、おれは来る日も来る日も拵えていた。手のひらにはいつも糊の匂いが染みついて、それは煮た小麦のような、どこか甘い匂いだった。

 その年、おれの主の経師が、ひとりの絵師とともに、ある屋形へ呼ばれた。長らく空いていた古い屋形を、新しい主が借り受けて、住まいに直すという。柱は黒ずみ、板敷きは踏むたびに軋み、間を分けるものといえば、けた古い仕切りが、骨をのぞかせて立っているばかりだった。紙はあちこち破れ、破れ目から向こうの暗がりが、ぽっかりと覗いていた。

 おれたちは、まずその古い骨を組み直すことからはじめた。歪んだかまちを削り、緩んださんを結わえ直す。かんなをかけると、木の香が、かびくさい座敷にほのかに立った。そうして組み直した骨へ、おれが漉いた白い紙を、幾重にも貼り重ねていく。まず荒い紙で下貼りをし、その上に中貼りを当て、糊が乾くのを待っては、また一枚を重ねる。最後に、まっさらの一枚を、皺ひとつ寄せぬよう、刷毛で空気を追い出しながら貼る。糊が乾いて、ぴんと張った白い面が、薄暗い座敷に、いくつも立ち並んだ。指で軽く弾くと、ぽん、と乾いた音が返ってきて、おれはその張りぐあいに、ひそかに満足していた。

 おれは正直なところ、それで仕事は済んだものと思っていた。仕切りは仕切りだ。閉てれば間が分かれ、それでよいではないか。白いままで、どこに不足があろう。そう思ったのさ。

 ところが絵師は、その白い面の前へ、長いこと座りこんでいた。筆も執らず、墨も磨らず、ただ、立ち並ぶ白を、じっと見上げている。日が傾いて、白い面がほんのり赤らみ、やがてに沈んでいくまで、その背は動かなかった。

 おれは脇で糊刷毛を洗いながら、たまらず尋ねた。

 「絵師さま、紙はもう乾きましてございます。なぜ筆をお執りにならぬのです。間を分けるだけの仕切りに、そのように見入って」

 絵師は、白い面から目を離さずに、静かに言った。

 「これはな、仕切りではない。面だ。この一枚を閉てれば、座る者の目に映るのは、この白がまるごとだ。ここへ松を描けば、座敷は松の山となり、波を描けば、座敷は海となる。間を分けるだけの板に、どうしてこれができようか」

 おれは、はっとした。言われてみれば、たしかにそうだった。古い仕切りは骨をのぞかせ、板はただ間をふさぐばかりで、そこに何かを描こうという者はいなかった。けれど、この白く張りつめた紙は、床から鴨居まで、継ぎ目もなく続いている。なるほど、これは絵師の言うとおり、ひとつながりの広い「面」だった。おれが漉いた一枚一枚が、こうして並び合うと、思いもよらぬ広さになるのだと、そのとき初めて知った。

◇ ◇ ◇

 それから絵師は、来る日も来る日も、その面に向かった。

 朝まだき、まず墨を磨る。すずりに落とした水へ、ゆっくりと墨をまわす音が、しんとした座敷に長く続く。やがて墨の匂いが部屋に満ちると、絵師は太い筆をたっぷりとふくませ、左の襖の裾から、一本の松を起こした。幹はうねりながら立ちのぼり、二枚目、三枚目の白へと、枝を渡らせていく。一枚ごとに切れているはずの面が、襖を閉て合わせると、ひとつながりの松林になった。引手のあたりで枝がふと途切れ、また隣の一枚で続く。その途切れさえ、霞に隠れたように見せて、絵師はおれを驚かせた。

 絵師の筆さばきは、見ていて飽きなかった。あるときは穂先をぴたりと立てて細い葉を散らし、あるときは筆の腹を寝かせて、ひと息に幹の影を刷く。墨は濃くも淡くもなり、近い松はくっきりと、遠い松はうっすらと、奥行きまでもが、ただ白かった紙の上に立ちのぼってくる。おれは、ただ紙を漉き、骨へ貼るだけの者だ。けれど絵師の筆が進むにつれ、自分の貼った白い面が、見るまに山となり、林となっていくのが、なんとも誇らしかった。

 日が過ぎるごとに座敷は変わっていった。はじめは一本きりだった松が二本になり三本になり、やがて裾に岩が据わって波が寄せた。墨の匂いは座敷の柱にまで染みて、そばを通るたびに鼻をくすぐった。おれは下働きのくせに用もなく座敷を覗きにいっては、きのうより伸びた枝を数えて、ひとりで胸をふくらませていた。絵師はそれを咎めもせず、ときおり筆を止めておれに墨を磨らせ、濃さのほどを試させてくれた。硯のうえで墨が照りを帯びてくると、絵師はうなずいて、また面へ向き直るのだった。

 「絵師さま」と、おれはある日、思いきって尋ねた。「この松は、見事でございます。なれど、襖は引けば動き、外せば取り払われるもの。せっかくの絵も、外してしまえば、間ごと消えてしまいましょう。壁へお描きになれば、いつまでも残りましょうに」

 絵師は筆を止め、少し笑った。墨のついた指で、襖の縁をそっと撫でながら言う。

 「それでよいのだ。襖はな、閉てれば絵となり、開ければ風と光を通す。夏は外して涼しくし、冬は閉てて松にこもる。動くからこそ、絵が、その日その日の暮らしに添うてゆく。壁の絵は動かぬが、襖の絵は、人とともに生きるのさ」

 そう言って絵師は、試しに一枚を、すいと引いてみせた。松の幹が片側へ寄り、あいだから、まだ何も描かれていない奥の白が覗く。絵師はまた、すいと閉てた。松林がもとに戻り、座敷はふたたび墨の山にこもる。動くからこそ、絵が暮らしに添う——おれは、その言葉を、長く忘れなかった。仕切りが動くという、ただそれだけのことが、壁にはない値打ちなのだと、おれはそのとき思い知った。

◇ ◇ ◇

 絵が仕上がった日、屋形の主が、はじめてその座敷へ通された。

 襖を閉て合わせると、薄暗い座敷の四方が、墨の松にぐるりと囲まれた。主は、しばし言葉もなく、立ちつくしていた。座敷には、まだかすかに墨の匂いが残っている。やがて、ひとつ襖を引いた。木の溝を滑る、さらりとした音がして、松のあいだに、庭の秋の光が、すうと差しこんだ。差しこんだ光のなかで、描かれた松の葉が、生きた松のように青く透けて見えた。閉てれば絵、開けば庭。主は子どものように、襖を閉てては開け、開けては閉て、そのたびに変わる座敷の景色を、飽きもせず眺めていた。

 借りものの古い屋形が、その白い面に絵を負っただけで、まるで主のために誂えた住まいのように見えた。間を分けるだけだった仕切りが、座敷そのものの顔になっていた。

 おれは廊下の隅で、それを見ていた。自分の漉いた紙が、絵師の筆を負って、人の心をこれほど動かす。冷たい川水に手をひたして漉いた、あの一枚一枚が、こうして人を立ちつくさせている。たかが骨に紙を貼った一枚が、と思うと、胸の奥が、じんと熱くなった。

◇ ◇ ◇

 骨に紙を貼った仕切りが、間を分けるだけのものから、絵を負う「面」となり、座敷の顔にまでなっていったのは、世が乱れ、また数寄すきの心が育っていった、このころのことだ。ボクは、その移り変わりを、いくつもの座敷で見てきた。

 いちど絵を負った襖は、もう、ただの仕切りではなくなった。それは閉てれば一枚の絵であり、開けば風と光の通り道であり、その日の暮らしに添うて、自在にすがたを変える壁となった。人は、間をどう分けるかより先に、そこへ何を描くかを思うようになった。動く一枚に、山を、海を、四季を住まわせて、せまい座敷のうちに、広い景色を呼びこんだのさ。

 今でも、座敷には襖が立っている。引けば動き、閉てれば壁になる。けれど、その一枚を「絵を負う面」として見上げる者は、もう、そうは多くない。襖はいつでも貼り替えられ、汚れれば取り替えればよいものになった。

 それでも、とボクは思う。

 どこかの座敷で、古びた一枚の襖が、墨の松をかすかに残して立っているのを見たら、その一枚を、ただの仕切りと思わずにいてほしい。白い面の前に座りこんで、長く見入っていた絵師がいた。動くからこそ絵が暮らしに添うのだと、ボクに教えた人がいた。骨に紙を貼った一枚に、間を分ける知恵と、そこへ景色を住まわせようとした人の心とが、染み込んでいる。

 襖は、ただ座敷に立っているだけだ。引けば、すいと動くばかりさ。それでも、その一枚には、せまい暮らしのうちに広い景色を呼びこもうとした者たちの、長い長い工夫が映っている。ボクは、そういうものが、好きなんだ。

参考文献・もっと詳しく

部屋を仕切る建具は、もとは衝立や屏風、几帳のような置くものや、板の遣戸が用いられたが、軽い木の骨に紙を貼り、敷居・鴨居の溝に沿って引き動かせる仕切りが広まり、これが襖(襖障子)になっていったとされる。やがてその白い面が絵を描く場として重んじられ、閉て合わせて一続きの障屏画となる座敷の意匠が、中世から近世にかけて育ったと伝わる。宝徳二年は一四五〇年(宝徳は一四四九〜一四五二年)で、元号と西暦の対応は史実に整合する。※本文の人物・会話・情景は創作。

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