第 126 話衣服擦り切れた古い一枚に、寸分違わず仕立てる新しい直垂
〜たやすく着られて働きやすい、それだけの衣が、なぜ武士の誉れを背負うことになったのか〜
はじめて読む方へ——語り部「ボク」がなぜ千年を渡り歩いているのかは、プロローグにあります。
筒のような袖が二本。前で合わせて、胸の紐を結ぶだけ。 麻の一重は、手のひらでこすれば、ざらりと爪に引っかかる。畳めば片手に載る重さで、汗を吸えば少しにおう。裾を引く飾りもない。頭からかぶる手間もない。袖を通して、きゅっと紐を締めれば、それでもう着られる。
鎌倉で一度、この形の衣が二枚、板間に並べて広げてあるのを見た。一枚は肩と肘が薄くなり、襟の合わせだけが黒ずんでいた。もう一枚は、まだ針の目が新しかった。
◇ ◇ ◇
弘安五年(一二八二年)の秋、おれは鎌倉にいた。西へ下る途中で持ち合わせが尽き、浜で荷を担いでは、その日の銭に替えていた。西の海であの大きないくさがあって、まださほど経たぬころだ。浜にはまだ俵が積まれたままで、担ぐ手はいくらでも要った。朝は潮のにおいで目が覚め、夜は俵の陰で寝た。日はもう短く、担ぎ終えるころには谷戸の奥から暗くなった。
三日目の昼、藍の甕を並べた家から、反物を谷向こうの仕立て場へ運べと言われた。甕元の主は、おれの名を聞き返してから、「甚三、帰りに包みを一つ持たされる。谷戸を下りた屋敷へ届けてから戻れ」と、坂の先を指した。反物は三反。藍の濃い一反と、晒したままの白い二反だった。肩に載せると、布のくせに冷たかった。
仕立て場は谷戸の奥にあった。戸を開けると、晒したばかりの麻の青くさいにおいと、糊を煮る鍋の甘いにおいが、板間の上で混ざっていた。針が布を抜ける音。糸を引き締める指の音。奥の庭からは、砧を打つ音が、間を置いて届く。板間の隅では年寄りの女が一人、膝に糸を渡して紐を組んでいた。糸が締まるたび、指の腹が小さく鳴る。職人が四人、陽の差すほうへ板を寄せて縫っている。反物を土間へおろすと、親方らしい男が顎で板間の隅を示した。待て、ということらしい。それきり、誰もおれのほうを向かなかった。
板間の隅に、衣が二枚、並べて広げてあった。
一枚は古い。直垂だ。御家人の屋敷から型に持ちこまれたものらしく、その脇に、まだ縫いかけの新しい一枚が置いてある。おれは土間の上がり口に腰をおろして、待つあいだ、その二枚に目をやっていた。
古いほうは、藍がすっかり褪せて、肩と肘が薄い。裾は擦り切れて、麻の糸が毛羽立っていた。襟の合わせだけが、指の脂で黒ずんでいる。ちょうど、右の手が襟をつまんで引く、その場所だ。胸の紐は、布より新しい。何度か替えたらしく、結び目の癖が布のほうに残っていて、紐を外しても、そこだけ布がへこんでいた。右の袖の括りの紐が、左より短い。擦り切れて、結び直したのだろう。袖口の内側には、擦り切れを繕った糸が一列、走っていた。糸の色が布と違う。屋敷の誰かの手だ。袴も重ねてあった。腿の内側が、鞍に擦れて艶を帯びている。膝は光っていた。

新しいほうは、形が古いほうと寸分違わない。親方が古いほうを上に重ねて裁ちを合わせたのだと、布に残る折り目で知れた。違うのは布と紐だった。麻は丹念に晒して、幾度も砧で打ってあるらしく、光の当たりようがちがう。手を伸ばして触るわけにもいかぬので、目で追うだけだ。胸の紐は太く組んであって、先に房が垂れている。隅の女が組んでいるのも、同じ太さの紐だった。襟の合わせは、古いほうより指一本ぶん深い。袴の腿は、まだ布目が立っている。
板間の柱に、帳面が一冊、紐で吊ってあった。誂えの控えだ。仕立て場の字はよく崩してあるが、日ごろ品書きや立て札で見る手と同じで、読むのに苦はない。開いたままの頁に、こうあった。
布 晒し 砧三たび 紐 太組 房付き 襟 一本深く 形 古きに同じ
めくれた前の頁も、その前も、たいてい同じ並びだ。布と紐の欄だけが、客ごとに上がったり下がったりする。砧が一たびの客もいれば、五たびの客もいる。紐に房のない客もいる。形の欄は、どの頁も「古きに同じ」か「持ち込みに同じ」で、ほかの字がない。頁の端には屋敷の名と納めの日があって、納めの日は、たいてい年の初めか、春の早いうちだった。
陽が板間をゆっくり渡っていく。海から吹き上げる風が戸を鳴らし、軒の干し布をはためかせた。職人衆は冷えた指を火鉢にかざしては、また針に戻る。若い職人が糊の鍋をかき回し、砧の音が止んで、また始まった。待つのは性に合わぬ。膝の上で、おれの右手が、自分の襟をつまんでは引いていた。
午後になって、屋敷の若い侍が一人、戸を押して入ってきた。まだ頬に若さの残る男だ。縫いかけの一枚を、親方が肩へ当てる。侍は板間に立ったまま、じっとしている。その右の手が、当てられただけの布の襟へ、二度、三度と行った。合わせを、つまんで引く。親方が寸を測る紐を肩から裾へ渡すあいだも、その手は襟から離れなかった。

「布は、これか」 「砧は、あと二たび打ちまする」 「紐は」 「組みあがっております。房は、お屋敷の古きに合わせて」
侍は布の色を、戸口の光にかざして見た。藍は古いほうより深く、光にかざすと、底に紫が見えた。親方は寸を口の中で繰り返して、帳面の頁へ書きつけた。筆が紙を擦る音が、針の音より高い。
古い一枚の襟の黒ずみは、この手がつけたのだと分かった。侍の父のものか、兄のものか、それとも侍自身が幾年か着たものか、聞かなかったので知らない。ただ、同じ場所へ、同じ手が行く。
侍は寸を測り終えると、帰っていった。親方も何も言わなかった。針の音と、庭の砧と、隅の女の指の音だけが戻った。
日が傾いて、包みができた。届けるのは、この誂えではない。先に仕上がっていた別の一枚で、同じ屋敷の年かさの者のものだという。若い職人が、それを畳もうとして手を止めた。胸の紐の房が、畳んだ布の中で折れる。袖の括りの紐が、袖ごと外へはみ出す。房を袖の下へ入れると、今度は襟が潰れる。若い職人は房を持ったまま、しばらく板間を見おろしていた。
おれは土間から上がって、その一枚の襟を左右から寄せた。紐を胸の前で一つ結んで、房を襟の内へ落とす。房は畳んだ襟の内で、布に触れて小さく鳴った。袖を内へ畳んで、括りの紐は袖の中へ。それから裾から二つに折る。裾の毛羽が、指に引っかからない。畳み終えて、また土間へ降りた。若い職人は包みの布を広げて、その上に載せた。親方が一度だけ、針を持つ手を止めて、こちらを向いた。針は、すぐに布へ戻った。
包みを背に、坂を下った。片手に載る重さだった。谷戸の道は日暮れが早く、鴉が二羽、先に屋敷のほうへ飛んだ。屋敷の門は、谷戸の口にあった。厩から馬のにおいがして、奥で弦を弾く音が、乾いた、短い音で一つ鳴った。門で包みを渡すと、年かさの侍が出てきて、その場で結び目をほどいた。畳んだ襟をつまんで、合わせを見る。房を指でしごいて、左右の長さをそろえる。胸の紐を一つ引いて、きゅ、と鳴らした。それから包みの布ごと奥へ持っていった。銭は門の下男が三つ数えて渡した。名は聞かれなかった。門を出ると、弦の音がもう一つ鳴った。
浜へ戻る道で、自分の襟を見た。おれの一重も、そこだけ黒い。浜の俵は、朝より減っていた。その晩も、俵の陰で寝た。
◇ ◇ ◇
冬を浜で越して、春に発つ前の日、仕立て場の若い職人が反物を取りに浜へ来て、それだけを話した。あの若い侍は晴れの席へ発ったという。その朝、庭で胸の紐の鳴る音が一つして、あとは馬の蹄だけだったと。
参考文献・もっと詳しく
※ 直垂は、もとは前を合わせて胸紐で結ぶ庶民の労働着であったが、活動に適したその仕立てが武士に好まれ、鎌倉のころには武家の日常着から次第に格を備えた装束へと進んでいったとされる。やがて上質な布や家紋を用い、礼の場でも用いられる武家の正装の一つとして整えられていったと伝わる。弘安五年は一二八二年(弘安は一二七八〜一二八八年)。※本文の人物・会話・情景は創作。
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